「エロイカより愛をこめて」〜“男色家の怪盗と超硬派のスパイによる、世界を又にかけた壮絶なドツキ漫才”

“マグナムを片手で撃つ”
マグナム拳銃、特に.44マグナムは自動車のエンジンを1発で破壊し、その発射時の反動は凄まじい。――そんな事をしたら、肩を脱臼するとか骨折するだろ!
とか信じていた時代が私にもありましたよ、ええ。
 
そして、それができるのは、まさにヒーローだけだった。
.357口径や.44口径のマグナム拳銃を使うヒーローは、大勢いた。
印象に残っているだけで、ハリー・キャラハン、加納錠治、宮武鉄二、Jドール、ジョー・カワムラ、スレッジ・ハマー、次元大介、加納明、マルク・フェロー、スタン・ボロヴィッツ……まだまだいる。
トラヴィス・ビックルはヒーローと言い切っちゃっていいのか疑問があるのでパス。
 
しかし、ここで紹介するのは彼らとその登場作品ではない。
70年代後半以降、80年代を通じて少女達のハートを撃ち抜き鷲掴みにしてやまなかった男。
ソ連KGBや東独のMFSを向こうに回し、時には同盟国とすら対立し、冷戦下の諜報戦を戦ったNATO情報部西ドイツ支部のエース。
我が心のヒーローのひとり、人間戦車“鉄のクラウス”――クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ少佐
青池保子エロイカより愛をこめての実質的主人公である。
――誰だ、「エ□愛」とか略した奴は。

  
そもそもこの作品をはじめて知ったのは……「モデルガン大百科」という、“ケイブンシャの大百科”シリーズの一冊である。
「銃の出てくる漫画」として、確か「気分はもう戦争」(←これ未読なんだよな……いずれ読まないと)や「ワイルド7」と共にワンカットだけ出ていた。
「―――どこだ」“ガチッ”とコルト.45オートのハンマーを起こす長い黒髪の男。それが私にとって永遠の(となるであろう)ヒーロー、“鉄のクラウス”少佐との初邂逅であった。 

とはいえ、実際に青池作品を読むのは、それから更に十年ほど後、古本屋で手にした白泉社花とゆめコミックス版の「Z―ツェット―」全2巻が最初だった。
冷戦下、NATO情報部西独支部の新米エージェント“Z(ツェット)”が、エーベルバッハ少佐の部下として非情な諜報活動の中で傷つき、苦悩し、成長していく物語に、まだまだ純真だった(と思う)私は大いに魅せられた。
少女漫画というカテゴリーとしては、恐ろしく重厚なタッチで描かれたその作画とストーリー展開。当時はネットなぞ無く、その感動を他者と分かち合うには…私は人付き合いが悪すぎた。
ともかく、しばらく後に私は「エロイカ」全19巻を古本屋でまとめ買いする事になる。
 
「?」と思った方もおられるだろう。全19巻どころか、現在も続いているではないか?
その当時、「エロイカ」は冷戦終結に伴う長期休載中で、実質“全19巻”という扱いになっていたのだ……連載再開は、確かその翌年くらい。私がそれに気がついたのは、「熊猫的迷宮」のあたりからだった。 

豪華な金髪巻毛も麗しい、男色家の英国貴族、しかしてその実態は「世界中の美の所有権は私にある」と主張する、美術品専門の怪盗“エロイカ”――ドリアン・レッド・グローリア伯爵。彼こそが本来の主人公であり、怪盗と美青年達のロマンティックなコメディが展開するハズだったのだが……第2話で登場した“NATOのトーヘンボク”少佐のために、スパイアクション・コメディ路線へと大きくシフトし、あまつさえシリアス要素を強めたスピンオフ作品「Z」「魔弾の射手」が発表される事になる。

少佐の上司はハゲでデブでホモ(というかバイ)の部長、部下は“A(アー)”〜“Z(ツェット)”の玉石混合26人。
東西冷戦構造の中、非情な諜報活動に従事する……はずが、少佐の“任務”と伯爵の“獲物”が交錯する時、
喜劇が発生する!
 
んで、
好きな作品、好きなキャラともなれば、当然その台詞を暗記/引用したり、何らかの影響を受けるのは当然で、私がモーゼル産のヴェルナー・ゾンネンウールや、エーベルバッハ醸造所のワイン(つーか“シュタインベルガー”と言ったほうが通りがよいか? ピンキリだろうけど極端に高くも無いでスよフーバーさん)、ゴードン・ドライ・ジン、そして揚げたイモに執着する様になった原因は、まさに少佐に起因する。
伯爵の影響でマテウス・ロゼも飲みますけどね……。
 
で、この作品が気に入った理由として、キャラは勿論ストーリーテリングの秀逸さ、重厚な画風もさることながら、執筆時期を考えたらかなり高度と言える銃器描写が挙げられる。
 
勿論、ツッコミどころも多々あれど、ガンアクション物で陥りがちな
“ただ銃器の名称をひたすら羅列”し、
“余計/テキトー/いいかげんなウンチクをたれる”
というコトが無い、ただ小道具として淡々と、しかし存在感を持って描かれているのがよい。
“画風の統一”というか、いかにも「アシスタントさんが一生懸命雑誌を模写しました」じみた、キャラや背景と銃器類の“画風のズレ”が無いのもポイント高い。

少佐の使う銃は、それこそ初期(第3話)はドイツ人だから安直に? だったのか、パラベラム・ピストル(一般に“ルガーP08”と言ったほうが通りがいいか)なぞ使っていたけれど、シージャッカーに発砲するシーンではちゃんとトグルが跳ねてエジェクトしている。
全体を通してはFNブラウニング・ハイパワーの“カナディアン”(大戦中にカナダでのジョン・イングリス社で生産された型)を使う事が多かったが、恐らくは時期的(最初は前述のシージャッカーの銃として登場していた)にいって、作画資料がマルシン製金属モデルガンだったんだろうな、と。
(元々、中田商店が製作・販売しマルシンに金型が移った製品で、いわゆる“昭和52年規制”で発禁になった。マルシンのプラ製が多種バリエーションで発表されたのは1980年頃か?)

連載再開後は、さすがにカナディアンではなかったもののハイパワー、更にワルサーP88コンパクト等を用い、英国出向から戻って以降はSIG・P226でほぼ固定されている。
しかし初期から一貫して、派手な銃撃戦を展開する事は滅多に無く、少佐がマガジン1本カラにするほど撃つ、というのは「アラスカ最前線」で.45オートを狼の群れに向けた時くらいだった。
長くなったんで、続きは後日。あー気になる! あーすっきりしない! ホホホホホホホホ(c)立花晶「サディスティック・19」