マニア様がキテる――「白熱(デッドヒート)」(前編)

車を愛し、スピードに生きがいを求める若者・新庄卓の胸にくすぶり続けるスカイラインGT(ファントム)への敗北感。金によってしか見いだせない誇りの代償は、彼にとって何だったのか?
白熱した卓の青春とスピードは、ファントムに向かって爆発する!(カバーアオリ文)

「白熱(デッドヒート)」作画:田辺節雄/原作:田中光二 秋田漫画文庫 全1巻
初版は昭和52(1977)年6月、という事は原作が発表されたのが……え−と、「GTroman STRADALE」11号から連載されているが、それによると「野生時代」1976年8月号に発表されたのだという。

卓と沙智、8トラックのカセットが時代を感じさせる。そしてやはり3ペダルのマニュアルシフト! ……ところで1速はどこ?
物語は金曜の夜――国道16号線、横浜旭区上川井町(実際そう書いてある)の路上からスタートする。
チェリーX-1クーペ“ケンメリ”スカイラインGT。信号が青になった瞬間、二台はダッシュした――。
チェリーはスカGを引き離す。そのステアリングを握る若者、新庄卓は自分の腕に自信を持っていた。助手席の恋人、沙智も「五万キロ走行のポンコツ車にしてはやるわね、卓」しかし風の様に追い上げるスカGは、あっさりチェリーを引き離し彼方へ疾走する。それを追いかける卓だが、バルブのジャンピングを起こしシリンダーヘッドを傷めてしまった。路肩に停車し、ステアリングにつっぷし嗚咽を漏らす。
――その少し前、沙智と二人ゆったりとドライブしていた卓だが、彼を暴走族と思いこんだ覆面パトに止められ“グループの他の仲間は? 明日の土曜はどこを走る!?”とからまれ、すっかり気分を損ねたところで一台の車と遭遇する。

名古屋ナンバーのスカイラインGT、シャコタンにワイドタイヤ、特注のゴールドメタリック塗装。
信号待ちで並んだ二台だが、スカGは空ぶかしして卓を挑発する。むしゃくしゃした気分を晴らすため、あえてその挑発に乗った卓だったが――。

「あんた………、どうしたっていうのよ」嗚咽する卓の肩に触れる沙智。
「クッククク、がまんがならない。
このボロ車にも、あのポリ公にも金ピカ車にも………。
そしてお前もだ、この世の中ぜんぶがだ!」

翌日、卓と沙智の働くガソリンスタンドは慌しかった。卓は次から次へと来る客の対応に追われ、後輩の弘はうっかりハイオク車にレギュラーを入れてしまう。そこに240Zに乗った金持ちのドラ息子。卓の嫌いな客だ。
ドラ息子は、冷やかしで買った宝くじを卓に放ってよこす。「こいつで一発当てて、このボロ車を替えろよ」
その夜、勤務明けの卓と弘は焼き鳥屋で向かい合っていた。なぜスタンド勤めをする気になったのか訊ねる卓に、弘は答える。“車が好きだからです、いずれ整備士免許も取るつもりです”
今はそれでもいいが、いずれ何かが食い違ってくる、と説く卓。
「早い話が金だ」

車の月賦やアパート代等を払うと小遣いなど残らない、次の給料日を待ち焦がれるだけの生活。そんな自分に腹が立つ日がきっとやってくる――。
戸惑う弘。「変ですよ、卓さん、今日は…」
そうだ、確かに変だ……。自分の心の奥深い部分の妙なくすぶりを感じる卓。

翌朝、卓は沙智のすすり泣く声で目覚めた。
「……私たち、もう……駄目なのね。終わりだわ…………」
「何だって、そんなことを…………?」
沙智は言う、「このいまいましい紙切れよ、当たったのよ、一千万円!」
あわてて新聞と宝くじを見比べる卓。確かに1等一千万円だ。
――だからもう終わりだわ、あんたは私なんか捨てる! あんたはそのお金で自分の誇りを買おうとする。
「そういう人よ……あんたは…………」


(続く)